たんたんとフラットに。

山の美農園のいま。

ブログのこと。

長年どうしてもわからなかったことが

ようやくわかった。かも知れない。

自分と他人の存在について。
 
そもそも、私が田舎暮らしを選んだ理由は、
あれもあり、これもあり。
理由を書き上げたら切りがないほど。
 
自分の内でずっとわだかまっていたことが、
いまの仕事で生計を立てていくことで
ほとんどが解決されると気づいたからだ。
 
ただ、それは
傍から見ればエゴイスティックなことだったとも思う。
 
例えば、人によっては、家族(特に親)の近くに住むべきだ。
と、考える人もいる。
例えば、人によっては、、、
と、他人基準にすると
揺らぐことの多い選択だった。

どうすればよかったのか?は、
じつは自分でもわからない。
想えば叶うものだから、
叶うことに進んてみた結果、
トータルしてオールオッケーになっている
と、感じたのもあった。

元来感覚人間の私は、
思えばそればっかりだった。
っていうのもあり。

でも。
叶ったのは周りの人たちのおかげだった
ていうのもあり、
その好意にまったく報いれていない
罪悪感に押しつぶされそうになりながら。
頭の中にぐるぐると
ホオポノポノを繰り返す。

強烈に❤️に響くことに向かい続けた私は
本能のままに生きて来た感があって、
求められるところに私は呼ばれた。
ただし
あまりにも❤️に響かないところへは
求められても行かなかった。
❤️に忠実でないと、身体に変調を来した。
 
他人にひどいことをして生きて来たのかも?
私の存在が他人の害になっているかも?
 
という許されない哀しみを受け容れるたびに
どん底に突き落とされるのは、かなりキツく、
深い闇のギリギリラインに突き落とされたような感覚を覚える。

人を傷つけて生きて来た結果。
もう誰も傷つけたくないと
私は人がなるべくいない田舎暮らしを選んだというのもあり、

生きて行くには、過去の心無かった私の過ちを、
繰り返さないように生きるしかなく。
ただただ、それを気づかせてくれた、
周りの人たちへの感謝をどう恩返しすればいいのか、
タイミングがいつか来ると信じて
彼彼女たちのステキな笑顔を思い出す。

そして、周りの人たちに依存してきた私は
依存してもいいのは、地球だけだったということを知りました。

もう人には依存しない、させない。
想えば叶う。
だからこそ
いつか恩返しできますように祈っています。


※拙いわたしの経験を書き留めておこうと始めたこのブログなので、表現に他意はありません。
幼い頃から聞いて読んで覚えた言葉のつなぎあわせに過ぎず、私の無智ゆえに生まれてしまった表現です。

心無い表現がありましたら、ご指摘ください。
 

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