たんたんとフラットに。

山の美農園のいま。

農園作業記 その1

去年から広大?な不耕作地を手作業で畑にしている。(機械は中盤から小型のティラーを入手)ようやく全体の5分の1程度が畑になった。

私の作業はもっぱら草刈りと笹竹チップ作りと枯葉集め、加工品制作、食事作り、片付け掃除。

古民家(美術館予定)自体には手がつけられず、農園作業優先に動いている。

不耕作地には3m級の笹竹が、栽培されてるかのようにびっしりと生えている。
森が再生される時に一番最初に生えるのが笹らしい。

不耕作地が森に還ろうとしているところを草刈りしていると、笹竹の生(セイ)の強さに圧倒され、枯れススキの芯の赤い血脈を見たり、そこに住む虫、鳥などの巣を破壊、殺生しているのだから胸のざわめきは半端じゃない。

虫が怖い人たちはこのざわめきに耐えられないんだろうなと思う。
私は作業中にホオポノポノを唱えるようになり、ざわめきが抑えられるようになった。

耕作地は山の斜面で、田畑がだんだんになっている。
集落のご先祖たちは、機械もない時代に山を削り、おそらく何年も世代交代しながら糧を創り働いたのだ。

昔、働くことは側(ハタ)を楽にすることだと聞いたことがある。
ご縁あってたどり着いたこの岡山の地は、働くこと、生きることを、体感、経験させられてるような気がしている。

山で(田舎で)暮らす人たちにとって、草刈りは、雪国の雪下ろしにも匹敵する仕事。
草に覆われるとまず氣が通らなくなる。この、『氣』が重要で、生命の源とも思う。

奈良で日本庭園から基礎を学び、数年前までイタリアの山で働き、暮らしていた空間設計氏のAKIさんに、基本の『抜き足差し足』を教わり、その意味を体感して知る。

近所の自然農界?では有名?な玉木さんもリスペクトするAKIさんが創る畑は、イタリアンパーマカルチャーと日本古来の伝統的庭づくりがミックスされた微生物農法。
また、植物のコロニーを創って行く農園庭園創りのようだ。
無闇に草刈りするのではなく、残す草木は狩らずに生かしながらコロニーを創って行く。

自らの身体と草木と向き合いながら、丁寧に草を刈って行く作業は、動く瞑想だ。
下手すると怪我をする危険な作業でもある。
刃物を扱う料理と同じ。怪我や事故には細心の注意を払う。それは、自分のためでもあり、周りの人たちのためでもある。絶対に無理はしないこと。防げることは、しっかりと防ぐ。
例えば、膝下まである靴底が厚みのある長靴を履く、長袖を着る、軍手をする、などの予防や、食事も、まず腸が整う食生活を意識している。

サラリーマンのころは、保険に入って危険回避をしていたけど、保険代にお金が回らないのもあり、健康管理には慎重にならざるをえない。お金を出すか、自分でするか。

今年は念願のマコモと綿花を栽培予定。
お米の田んぼは、敷地内ではまだ無理かなー。
それこそユンボが必要。水路も作らなくては棚田が崩れてしまっている。

まずは手作業でイケることから。

写真は開拓中の畑。
手前までビッシリだった笹竹。
何を作るかは様子を見てから。

 

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